中枢神経障害 ~脳への影響~

アルコールによる脳に対する影響は、アルコールの直接の毒性、アルコールが分解される途中で生成されるアセトアルデヒドの毒性、アルコール依存症患者においては慢性的な栄養障害、ビタミン欠乏、肝機能障害など多数の要因が関与して発症します。それぞれの原因によって、症状が異なりますし、原因が一つではないときもあります。

アルコール性大脳萎縮症 (認知機能障害)

アルコール多量飲酒者で脳の萎縮や進行性の認知症が生じることがあります。大脳萎縮に関しては、大脳白質(脳神経細胞の線維の部分)が主に萎縮しますが、これはアルコールそのものによる直接毒性と考えられています。認知症がはっきりしない段階でも、頭部CT やMRI で側脳室の拡大を認めます。

大脳白質が萎縮しても、大脳皮質(神経細胞の部分)が障害されなければ、認知症の症状は出現しないのではないかという考え方もありますが、大脳白質の萎縮がある程度進行した段階になると認知機能障害は合併します[Mochizuki, 2005]。

Wernicke-Korsakoff症候群

Wernicke脳症とは、チアミン (ビタミン B1) 欠乏によって生じる意識障害、眼球運動障害、運動失調を三徴とする急性ないし亜急性の脳症です。チアミン欠乏の原因は、不適切な食事によるビタミン B1 の摂取不足、アルコール代謝によるビタミン B1 消費の増大、腸管からの吸収障害、などが考えられています。

下図のように第3、 4 脳室周囲灰白質、中脳水道周囲灰白質、乳頭体が左右対称性に障害されます。本疾患を疑った場合は直ちにビタミン B1が大量投与されます。

Wernicke脳症で障害されやすい部位を示しています

Wernicke 脳症に引き続き、亜急性の経過で健忘、作話などが生じる場合があり、これを Korsakoff 症候群といいます。両者は、病理学的に同一でありWernicke-Korsakoff症候群とよばれることもあります [Gruyter, 2018]。

ペラグラ脳症

ナイアシン (ビタミンB3;ニコチン酸、ニコチン酸アミド) の欠乏によって生じる皮膚症状(口内の炎症、光線過敏症)を合併する特徴的な脳症です。ペラグラ(Pellagra)とはイタリア語で「皮膚の痛み」を意味します。4つのDが有名です。ペラグラの3徴である認知症(Dementia)、下痢(Diarrhea)、皮膚炎(Dermatitis)、と死(Death)の4つです。

アルコール代謝によるニコチン酸の消費増大、偏食によるトリプトファン (ニコチン酸の前駆物質) の摂取不足、吸収障害、カルチノイド症候群などが原因とされています。

脳MRIでは異常は検出されないことが多く、脳血流を測定すると前頭葉から側頭葉に血流の低下を認めることがあります [永石, 2008]。

レバー、赤身肉、鶏肉、魚、豆類、パンなどに、 ナイアシンが豊富に含まれています。アミノ酸の一つであるトリプトファンから、体内で ナイアシンが合成されます。トリプトファンが豊富な乳製品などで、 ナイアシンの摂取不足を補うことができます。

橋中心髄鞘崩壊症

橋中心髄鞘崩壊症は、低Na血症を急速に補正した際に出現することで有名で、橋底部に脱髄がおこり、急性に意識障害、仮性球麻痺、四肢麻痺、眼球運動障害などが生じる疾患です。本疾患の70–80%はアルコール多量飲酒者であることがわかっています。慢性アルコール中毒患者はNa(塩分)の摂取不足により低 Na 血症が生じやすいからです。

浸透圧変化があると、血管浮腫が生じ、その結果、MRI では橋底部中心に T1強調画像で低信号、T2強調画像で高信号を認めます。低Na 血症を伴わない多量飲酒者での発症も報告されており、栄養障害、アルコールの直接毒性の関与も疑われています。

アルコール性小脳変性症

半世紀も前から、アルコール依存症と小脳萎縮の関連は指摘されています [Victor, 1959]。急性のアルコール中毒では小脳失調が目立ちますので、慢性の場合も小脳萎縮が進行するというのはイメージとしてはぴったりときます。歩行失調と下肢の協調運動障害が主症状で特に体幹が不安定になります。主因は、アルコールやアセトアルデヒドなどが直接、小脳を障害するためと推測されています。

Marchiafava-Bignami 病

脳梁を中心に脱髄壊死が生じる疾患です。この疾患が報告された時期(イタリアから1903年に報告)は、赤ワイン大量摂取に特異的な症状ではないかと予測されていましたが、後日赤ワインに特異的ではなく、アルコール大量飲酒 + 栄養障害全般で生じることが判明しています [Tian, 2020]。

急性に昏睡になるものと亜急性に認知症、性格変化、筋緊張亢進を生じるものがあります。前者は白質壊死が主体で後者は脱髄が主体とされています。アルコールまたはアセトアルデヒドが直接、脳梁などの血液脳関門を破壊して脱髄、浮腫、壊死などが生じると推測されています。稀な疾患と考えられていましたが、MRI で発症早期に診断されることも多くなってきました。

上記以外にもいろいろな病態が生じることがわかっています。アルコールの脳への影響、恐るべきですね。

文献
Mochizuki H, et al. Cognitive impairment and diffuse white matter atrophy in alcoholics. Clin Neurophysiol 2005, 116, 223-228
Gruyter D. Review of thiamine deficiency disorders: Wernicke encephalopathy and Korsakoff psychosis. J Basic Clin Physiol Pharmacol 2018, 30, 153-162
永石彰子ら. 胃切術後に生じた非アルコール性ペラグラの1例. 臨床神経 2008, 48, 202-204
Victor M, et al. A restricted form of cerebellar cortical degeneration occurring in alcoholic patients. Arch Neurol 1959, 1, 579–688
Tian TY, et al. Marchiafava Bignami Disease. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2021 Jan.2020 Aug 24.

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